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11.ニセ嫁の大ピンチに駆けつける執事が、実は本物の鬼だった件。 その3

作者: さぶれ
last update 最終更新日: 2025-07-07 11:49:14

 振り下ろされたナイフは鋭く風を切り裂き、杏香さんの左側数センチ先の壁に勢いよく突き刺さった。壁が鋭い音を立てて傷を負った。へたり込んだ杏香さんのグッチのグレースーツのスカートにはみるみる黒いシミが広がっていった。あまりの恐怖に失禁したのだろう。

 今の中松は、迷うことなく杏香さんを刺してしまいかねないほど本気だった。その瞳は冷酷を超えて氷のように冷たく、容赦のない殺気を帯びていた。壁に刺さったナイフを乱暴に引き抜き、鋭利な刃先が光を反射した。

「お前みたいな心無いクズでも、恐怖を感じる心は一応あるんだな」

 中松は自分のスマートフォンを取り出すと、何枚も角度を変えて、涙を流しながら放心している杏香さんや、その手下の惨めな様子を撮影し始めた。動画もしっかりと収め、杏香さんが放り投げたビデオカメラも確実に回収した。抜かりは一切なく、流石パーフェクトな鬼執事である。

「一矢様に報告して、お前ら全員きちんと然るべき方法で裁いてやるからな。そのつもりで首洗って待っとけや、コラ!」

 怒りを隠さず吐き捨てると、中松は傍にあった大型の一人掛け椅子を思い切り蹴り飛ばした。椅子はものすごい勢いで壁に激突し、大きな衝撃音が部屋中に響き渡った。それだけではなく、中松の強烈なキックによって、椅子の脚が途中から折れてしまっていた。私はその威力に息を呑み、改めて彼を敵に回してはいけないと心に深く刻んだ。

 こんな男に蹴られたら、骨折どころの話では済まない。

 中松はすぐに自分の羽織っていたジャケットを脱ぎ、震えている私の肩を優しく包んでくれた。

「来るのが遅くなって本当に申し訳ございませんでした。すぐに部屋を移りましょう。万が一のため、控室とは別に用意してある安全な部屋へお連れいたします」

 急ぎ足でこの恐ろしい部屋を後にしながら、中松は静かに声をかけ続けた。

「こんなにも怖い思いをさせてしまい、本当に申し訳ございませんでした」

 普段は厳しい彼の、こんなにも優しい声を聞いたのは初めてだった。無言で杏香さんについて行った私の失態を責められるだろうと覚悟していたけれど、中松は一切私を咎めなかった。

 別フロアに用意された安全な部屋へ到着すると、中松は丁寧に私をソファーに座らせた。さっきまでの凄絶な鬼の顔は影を潜め、すっかり優しい執事の姿に戻っていた。

「美緒様をお呼びしましょうか?」

 普段
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      ガアン! なにかを激しくぶつけた音がして、続いて入り口の方で扉がバアン、と派手な音と共に開いた。「伊織様――っ!!」      恐らく扉を······でこじあけた中松が、こちらへ飛び込んで来た。私の悲惨な様子を見て、一瞬で何が行われているのか理解したのだろう。彼は機敏な動作でこの様子を撮影している杏香さんをバチーン、と派手な音と共に平手打ちで張り飛ばし、私にのしかかろうとしている男の背後にあっという間に回り込み、首を絞めた。「く、くるひっ……」「死んで侘びろや、コラ」 物凄い力で中松に首を絞められた男は、あっという間に泡を吹いて気絶…(だよね? 死んでないよね!?)してしまった。 続いて私の腕を押さえつけていた男には、馬乗りになって重厚なパンチを何発か浴びせた。蹲った所で、すかさず股間を蹴り上げる。見るからに痛そうで悲惨な状態。目の前の惨劇に思わず顔をしかめた。 男は声なき悲鳴を上げ、もんどりうってその場に倒れ込んだ。「一矢様の一番大切なお方を、しかも無抵抗に震える女性をこんな無情に傷つけるなんて、いい度胸してんなぁ、お前」 中松は胸ポケットからサバイバルナイフを取り出し、スッと抜いて杏香さんの鼻の前に突きつけた。 「伊織様はなあ、俺の命の恩人なんだ! これ以上手ぇ出したら、本気でブッ殺すぞ? お前みたいな汚れた女が、軽々しく触れていい女性じゃねえから。そこの手下みたいにボコられて侘びるか、それともその薄汚い金のかかった整形面を切り刻んだ代償で払うか、どっちがいい? どっちにしろ、全・く・足・り・ね・え・け・ど・な」 わざとゆっくり言って、目じりあたりで止めたナイフを左右に揺らし、杏香さんの恐怖を煽る。 これ…中松だよね? なんかキャラが…おかしくない? 完全に羊が取っ払われて、鬼になっている。 修行の鬼とはまた違う、本気モードの鬼なんだ。これが、この男の本性――。 私は中松の変貌ぶりに強く驚いてしまい、襲われていたショックも忘れ、呆然と成り行きを見るしかできなかった。「決めた」中松が笑いもせずに言った。「先ずは目を抉ってやる」 躊躇せずナイフを突き立てようと振り上げた。中松がその腕を振り下ろす。あと数ミリ動けば目に刺さるという所でピッタリナイフを止めた。中松によって無理やり目をこじ開けられていた杏香さんは、そ

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     その瞬間、杏香さんに掴まれていた頬の圧迫感がようやく解けたが、すぐに別の力強い手に身体を捕まれ、乱暴にベッドへと放り投げられた。 ボスン、と柔らかなベッドが私の身体を受け止め、着地の衝撃を和らげてくれたけれど、恐怖と緊張で手足は固まったまま動かない。頭では逃げなきゃと必死に思うのに、全身が鉛のように重く、抵抗することすら叶わなかった。 目を開けると、私を襲おうとしている男がいやらしい表情で舌なめずりをしながら、私の肌に触れようと迫ってきていた。その横で杏香さんが、冷たい笑みを浮かべながらカメラを向け、淡々と映像を撮影している。「もっと泣き喚いてくれないと、映像に迫力が出ないわぁー」 冷酷で残忍な言葉を平然と言う彼女を見て、背筋が凍りつくのを感じた。 この人は本物の鬼畜だ。 こんなにも残忍で冷酷な義姉を、一矢はずっと二人も抱えてきたのね。幼い頃からずっと、彼はこの家でどれだけの恐怖と孤独に耐えてきたのだろう。もっと早く気づいて、彼の傍にいてあげればよかった。こんな時にそんなことを考えてしまう自分は、現実から目を逸らそうとしているのだろうか。でもどうしても、一矢の顔が浮かんでしまう。 その瞬間、男の手が無遠慮に私のドレスの胸元へと伸びてきた。 一矢、中松、お願いだから早く助けに来て。 嫌。 一矢以外の男に触れられるなんて耐えられない。 喉が詰まって声が出せなくなり、その代わりに涙だけが次々と頬を伝って流れ落ちた。男の手がドレスを引き裂こうとしている音が耳に届き、次に自分自身も同じ運命を辿るのだと予感した。 一矢。 あなたと約束したのに、誰にも触れさせないって誓ったのに。 でも今、別の男たちの手が私の肩にかかり、小さな胸を隠している下着を強引に剥ぎ取ろうとしている。 あなたに守ると誓った約束を、私は今、破ってしまう。 こんな形で、あなたを裏切ることになるなんて。 守れなくて、本当にごめんなさい。「マグロねぇ。映像がつまらないし、時間もないから、さっさと処女貫通させちゃいましょうか。クスリは後回しでいいわ。とりあえず、正気で絶叫する姿が欲しいの。一矢だって、きっと少しはショックを受けるでしょう?」 杏香さんの口からは、耳を塞ぎたくなるような残酷で非情な言葉が次々に吐き出される。同じ女性がこんな酷いことを平然と口にできるなんて。 こ

  • 幼馴染の専業ニセ嫁始めましたが、どうやらニセ夫の溺愛は本物のようです   10.披露パーティーでひと悶着ありそうな予感がいたします。 その6

    「その女、処女みたいだから面倒だったら、最初からクスリを盛っても構わないわ」「かしこまりました、杏香様」 処女が面倒? クスリ? 盛ってもいいって、一体どういうこと……? 信じられないほど残酷な言葉が次々と耳に入ってきて、私は呆然と立ち尽くした。杏香さんの美しく整えられた表情はまるで冷酷な仮面のようで、慈悲の欠片も感じられない。その現実に私の頭は完全に混乱してしまい、胸の中は恐怖と焦りでいっぱいになった。 なんとか逃げ出す方法を考えようとするが、頭の中は真っ白で、なにもいいアイディアが思い浮かばない。「こ、こんなこと……犯、罪よ……っ! う、うっ……訴えてやるんだから!」 私が必死に震える声で抗議すると、杏香さんは私をバカにするように鼻で笑った。「訴える? ふん、笑わせないでちょうだい。何の権力も持たない小娘が、強姦を訴えたところでこちらにもみ消されるだけよ。世間に笑い者にされ、もっと辛い思いをするだけだわ。一矢も本当にいい気味よね。大切な婚約披露のパーティーで新婦がこんなスキャンダルを起こせば、彼ももうおしまい。三成家からも完全に追放されるでしょうね」 杏香さんは薄く笑いながら、氷のように冷たい言葉を次々と口にした。 目の前にいるのはまさに本物の悪魔だった。――いいですか、伊織様。本物のGPSやボイスレコーダーの存在を気づかれてはいけません。偽物の場所を教えてください。私に繋がっていると相手に信じさせ、なんとか時間を稼ぐのです。貴女に危険が迫ったとき、私は命を懸けて貴女を守ります。必ずお迎えに上がります。 震える身体で中松の言葉を必死に思い出した。私がいなくなったことに中松が気付いてくれれば、必ず居場所を突き止めて救いに来てくれるはずだ。本物のイヤリングに隠された監視カメラやGPSの存在を悟られては絶対にいけない。 声が震えることを止められないまま、なんとか叫んだ。「こ、この会話、ぜ、全部録音してるんだから! う、嘘だと思うなら、私のド、ド、ドレスのリボンのところを調べなさいよ! アンタの悪事は全部、中松に通じてっ――……!」 極度の緊張と恐怖のため途切れ途切れになった私の言葉は、最後まで続かなかった。杏香さんの鋭い指が私の頬を強く掴み、言葉を封じ込める。その冷たく澄んだ瞳が、私を虫けらのように見下ろしていた。「本当にうるさい女ね。

  • 幼馴染の専業ニセ嫁始めましたが、どうやらニセ夫の溺愛は本物のようです   10.披露パーティーでひと悶着ありそうな予感がいたします。 その5

     高速エレベーターを降りた先は、フロアの絨毯が一際重厚なものに変わった。恐らくVIP顧客しか泊まらないような、ロイヤルスウィートの部屋がある階なのだろう。私は生まれてこの方、こんな場所に立ち入った事は無い。空気が違う。土足で歩くのが勿体ないくらい、高級な絨毯なのだろう。 杏香さんはカードキーを取り出し、今日宿泊するであろう部屋の扉を開けた。入るように促されたので、失礼します、と伝えて中に入った。 中は入り口から広く、贅を尽くした極上ルームだった。かなりの広さを誇るデラックススイート。お金持ちしか宿泊できないそこは、上品な調度品が施されていた。入口から奥に見えるベッドは白く、さぞかし心地よく眠れるのだろう。一矢の本家みたいな部屋だと思った。全面ガラス張りで夜景は独り占め。空調も快適で言う事無しだ。一度でいいから家族全員でこんな部屋に泊まってみたい。みんな喜びそうだ。まあ、絶対にできないと思うけど。家族多いから。 お金持ちは、こういう贅沢空間が当たり前なのだろう。庶民が迂闊に泊まれるような部屋ではない。相当な記念日でさえ、こんな部屋に軽々しくは泊まったりできない。一人当たりの宿泊費用は、グリーンバンブーの基本八百円の定食が何回食べれるのだろうとか、貧乏ったらしい考えではすぐに算出できなかった。百食・・・・いや、二百食以上はゆうに食べれるだろう。所詮その程度しか概算できない。「一矢をどうやってたらしこんだの?」「はい?」 鍵をかけた途端、杏香さんは豹変した。口調も柔らかいものから、すごくキツイものに変わった。 「だから、一矢をどうやってその貧相な身体でたらしこんだの、って聞いているのよ」 貧相…。中松だけでなく、三成家の人間は私を心のある人間として扱ってはくれないのだろうか。「お言葉ですが、一矢とは関係を持っておりません。純粋に彼も私を好いて下さっています。私も彼が――」 そこまで言った途端、杏香さんは高笑いを始めた。「あーっはっは、おかしいわぁー」 なにがおかしいのよ。失礼しちゃうわ!(怒)「まさか男女関係もまだなんて! まさか伊織さん、貴女、処女?」「……いけませんか」 思わず正直に答えてしまったら、更に笑われた。「いけなくないわよぉー。寧ろオーケー!」 腹立つわあ。「だったら尚更プレゼントは大切ね。さあ、奥へ進んで」「あ、いえ、

  • 幼馴染の専業ニセ嫁始めましたが、どうやらニセ夫の溺愛は本物のようです   10.披露パーティーでひと悶着ありそうな予感がいたします。 その4

     「あら、花蓮さんじゃないの。ごきげんよう」 声が掛かったので二人で振り向くと、一矢の義理のお姉さま、杏香(きょうか)さんが立っていた。一矢と全然似ていない。まあ、腹違いでもここまで似ていないのかというほどだ。だから一矢をかわいがれないのかもしれない。 彼女は嫌味で高慢。性格の悪さが滲み出ているような雰囲気で、せっかく綺麗にしているのにまったく美しいとは思えない。一重の目はきつく狐のように吊り上がっていて、長い髪の毛をまるで銀座のママのようにきちーっとセットしていて、ガチガチに固めている。お風呂でセットを崩すのが大変そうというのが印象。高級ブランドのめちゃくちゃ高そうなスーツに身を包んでいて、全身隙が無い。 私、この人嫌い。 もう一人のお姉さまの柚香(ゆずか)さんも同じような雰囲気で嫌い。一矢を幼い頃から酷い目に遭わせてきたのだもの。だから許せない。 けれど、私を本家に紹介して顔合わせする必要があるから招待せざるを得なかった。まあ、一番の目的は本家に堂々と申し入れすることだから。呼ばないわけにはいかない。本家だけに出向くと何をされるか解らないので、敢えて人目の多いホテルを選んだとのこと。中松が手配してくれた。 「杏香様、ごきげんよう。お久しぶりでございます」「花蓮さんも気の毒ねぇ」 杏香さんが頬に手を当てため息をつくように言った。私みたいな無血統女に一矢を盗られてしまって、みたいな嫌味が続くのだろう。流石にこの場では言われなかったが雰囲気でわかった。こんな時、どんな顔をすればいいのか、中松に教えてもらっておけば良かった。 まあ、中松なら涼しい顔をしているだろう。どんな嫌味を言われても気にせず、堂々とするのがあの男だ。私もそうしよう。 「伊織さん、でしたわよね。丁度良かったわ。お祝いを渡したいのだけど、一矢に渡しても受け取らないと思うから、貴女にお渡しするわ。高額なものだから部屋に置いてあるの。一緒に来て下さらない?」「あ、はい。承知致しました。ここを離れるので、中松に声をかけて来ますのでお待ち頂けますか?」 うええー、ほんとは行きたくないよおおー。でも嫌って言えないよね。一応、義理姉にあたるお方なんですもの。「すぐ済むからいいわよ。いちいちあの嫌味男にいわなくても。それに私、待たされるのは嫌い」「は、はい…」 杏香さんでも中松は

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